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「重要な情報」であるにもかかわらず、それが英文論文であるがゆえに、記事を作成する際のハードルが高くなり、けっきょく報道されずに終わることが少なからずあるのではないかと思います。
これと対照的なのが、学会発表の内容を記事にする場合です。
学会の現場に取材に行けば、研究者が自分の研究を10分程度の短時間で報告するので、比較的容易に内容を知ることができます。
疑問点があれば、報告を終えた研究者に、その場で尋ねることができます。
つまり、学会発表の取材は、英語論文を読む場合と比べて、情報を集めるためのハードルが格段に低く、「記事にしやすい情報」なのです。
毎年秋に開催される「日本がん学会」などは、発表される研究の多くが、新聞やテレビで大きく報道されますが、その背景にはこうした事情も関わっています。
けれども、メディアにとって「記事にしやすい情報」と、市民にとって「重要な情報」が、常に一致するわけではありません。
私自身の経験では、定評ある医学専門誌に報告された論文について、「これほど重要で、大きな関心の的になるはずの研究が、どうして日本のメディアでは全く報道されないのか」と不思議に思うことがしばしばあります。
.企業の利害がからんだ情報が多い。
これは特に、栄養補給剤や健康食品の効能に関する情報についてあてはまります。
多くの健康食品等では、効能を示す根拠として、「体験談」「動物実験」「学会発表」のレベルの情報しか存在しないのが現状です。
そのため、こうした次元の情報が多く流通し、私たちの目にとまることになります。
健康食品等の効能に関するきちんとした研究が、医学専門誌に掲載されることも、もちろんあります。
例えば、「イチョウ葉エキス」というサプリメントがあります。
記憶力の低下や耳鳴りなど、脳血流の循環不全が関係する症状に効果があると言われ、ドイツでは医薬品として承認されています。
ドイツでイチョウ葉エキスを製造している企業の研究資金で行われた、耳鳴り患者を対象とする大規模な無作為割付臨床試験が、「英国医学雑誌」2001年1月13日号に報告されました。
耳鳴りにも、それ以外の症状にも、効果がないという結果でした。
このようにいわば「正直」なデータを公表しているのは、むしろ例外的です。
栄養補給剤や健康食品を販売する企業には、「体験談」「動物実験」「学会発表」レベルの情報ではなく、「人間集団を対象に行われ、専門誌に論文報告された、信頼性の高い研究デザインの研究(特に無作為割付臨床試験)」によるデータを示す、社会的責任があるでしょう。
ところで、こうした「メディア批判」に対して、次のような反論があるかも知れません。
題材として何を取り上げ、どのように伝えようと、それは報道の自由に属する問題である」「メディアの役割は研究者の役割とは異なり、科学的な正確さだけではなく、目新しさや社会的インパクトも重要である」「限られた報道枠で、研究史的な背景や文脈にまで踏み込んで報道するのは困難である」「報道の自由」「メディアに独自な役割」「現実的な制約」、いずれももっともな反論です。
けれども、情報の受け手である市民の立場を考えるとどうでしょうか。
メディアが伝える健康情報に市民が大きな関心を寄せる一番の理由は、それが目新しくてインパクトがあるからではなく、じぶんの健康に役立つ有用な情報を求めているからではないでしょうか。
そして「有用な情報」とは、「科学的な信頼性や重要性が高い情報」にほかならないのではないでしょうか。
健康情報を報道する際に、過剰な表現や研究の過大評価を避け、6段階のフローチャートのどのステップまでクリアした情報なのか受け手が判断できるよう最大限努力することで、市民の期待によりよく応えることができるでしょう。
それは同時に、社会の公器としての、メディアの衿持を示すことにもつながります。
緑茶と胃がんに関する研究の新聞記事の例で見たように、ちょっとした工夫と配慮があれば、限られたスペースであっても、読者に適切な判断材料を提供するような報道をすることが、十分可能なのです。
以上、健康情報のメディア報道の現状に対する、私なりの批判を述べました。
ここでは、より積極的に、私自身が期待する報道の姿を、ひとつ提案したいと思います。
それは、「結果だけの平板な報道を、目先を変えてくりかえす」のではなく、「ひとつの研究を、その背景、意義、限界まで含めて、つっこんで報道する」というスタイルです。
がんと栄養についてのメディア報道には、ひとつのパターンがあります。
それは、「○○が、がんの予防に効く」という、○○の中にあてはまるものを、次々と目新しい栄養素や食品で置き換えて、似たような話を繰り返すというものです。
緑茶、きのこ、ココアに始まって、イカ墨、バナナまで、○○にあてはまるものは、いくらでも思い浮かびます。
しかもこの時、「がんの予防に効く」根拠として持ち出されるのは、多くが「体験談」「動物実験」「学会発表」などの、「ステップ3」までの情報です。
研究データが示される場合でも、結果がそのまま鵜呑みにされるばかりで、その信頼性や重要性が批判的に吟味されることはありません。
このように「結果だけの平板な報道を、目先を変えてくりかえす」ことで、情報の受け手である市民の理解が深められるとは思えません。
似たようなパターンの繰り返しに、食傷気味の人も多いのではぼないでしょうか。
私か提案したいのは、これとは異なるスタイルの報道です。
具体的には、代表的な医学専門誌に論文として報告された研究をひとつ選んで、その内容を深く掘り下げて伝えるのです。
その際、研究の結果を紹介するだけではなく、その背景、研究の意義や限界もあわせて解説します。
結果はそのまま鵜呑みにするのではなく、その信頼性や重要性をきちんと吟味し、6段階のフローチャートのどのステップまでをクリアしているのかを確かめます。
最後に、その研究結果にもとづいて、具体的にどのように行動すればよいか(話半分に受けとめておけばよいか、重要なデータだがさらに研究の進展を待つべきか、結果を生活に取り入れるべきかなど)をアドバイスします。
このように突っ込んだ報道でも、テレビやラジオなら3、4分もあれば可能で、30分から1時間のニュース番組の一部に組み込めるでしょう。
新聞記事なら、健康欄や家庭欄に十分収まる程度の長さでしょう。
ひとつの研究を掘り下げて解説するのは、一般向けの報道にはなじまないという反対があるかも知れません。
けれども、私はそうは思いません。
研究の「結果」だけを無批判に知らされて、それを「信ずるか」「信じないか」の選択を迫られるよりも、「結果」の信頼性を判断できる十分な材料を提供される方が、情報の受け手である市民にとって、はるかに有用です。
最近のいわゆる「健康ブーム」の背後には、正確で信頼できる情報を入手して、みずからの健康に役立て、十全な人生を送りたいという、多くの人々の願いがあります。
その願いにきちんと応えられるようなメディア報道のあり方を、模索すべき時ではないかと思います。
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